7年に勝る18カ月:自動車開発の新たな現実

July 17, 2025

ソフトウェアデファインドなインフラストラクチャは、競争環境下でいかに迅速なイノベーションを実現するか。

著:Arm、オートモーティブ事業部門プロダクト&ソリューション担当バイスプレジデント、スラジ・ガジェンドラ(Suraj Gajendra




Armで長年にわたり車載テクノロジー開発の最前線に立ってきた経験から、私はこれまで、従来のハードウェア/ソフトウェアの共同設計から、真にソフトウェアデファインドなシステムへの移行を目の当たりにしてきました。サンフランシスコで開催された第62回「Design Automation Conference(DAC)」でのパネルディスカッションでは、AMD、Siemens EDA、Collins Aerospaceの皆様とともに、この変革の本当の意味と、これが単なる進化ではなく、革命である理由を深く掘り下げました。

インフラストラクチャの必要性

ソフトウェアデファインド・システムについて質問を受ける際、私は必ずインフラストラクチャから入ります。これは単にアップデート可能なソフトウェアを記述することではなく、包括的なエコシステムの構築を通じ、製品のライフサイクル全体で継続的なイノベーションを実現することを意味します。

自動車の場合、クラウドから自動車までを網羅したインフラストラクチャの開発を意味しており、これにより、自動車が販売店の元を離れてもソフトウェアの更新や新機能の導入が可能になります。しかし、ここには重要な洞察が存在します。インフラストラクチャの設計は、初日から行うべきであるということです。この柔軟性を念頭に開発されなかったハードウェアに対して、真にソフトウェアデファインドな機能を後から付け足すことは不可能です。

現在開発中のハードウェアは、将来的な信頼性保証に対応し、今後必要となる機能を備えておく必要があります。

水晶玉にも見えない未来

このような時間的な課題は、私たちArmが常日頃から抱えているものです。私たちの開発する演算プラットフォームが、最終的に実際の自動車に搭載されるのは5年後であり、システム・オン・チップ(SoC)の開発パートナーを経て、デバイスに、そして最後には自動車に実装されます。こうしたジャーニーでは、認定取得のプロセスだけでも大幅な時間を費やします。

L-R Matthew Corbett氏(Collins Aerospace)、Suraj Gajendra(Arm)、Alex Starr氏(AMD)、David Fritz氏(Siemens)


5年後にどのような業務が発生するかを正確に予測しろというのは無理があります。私たちは6カ月先のAIの状況ですら予測できないのですから。このような不確実性は、ほんの数年前には不可能と思われた方法で、仮想プラットフォームと早期のソフトウェア開発を採用する契機となっています。

18カ月のタイムラグを解消

仮想プラットフォームによって現在の状況がどのように変わっているか、その具体例をご紹介します。過去の事例として、私たちがAutomotive Enhanced(AE)のIPを提供開始した際、IPが入手可能になってから、ソフトウェア開発者が現物のシリコンで実際に作業を開始できるまでには、18カ月の隔たりがありました。2021年に提供開始したAE IPが初期のソフトウェア開発者に届いたのは2022年後半であり、これは大きなタイムラグを意味します。

しかし、2024年に入り、私たちはアプローチを変えました。Siemensなどのパートナーと協力することで、AEテクノロジーの提供開始の初日(2024年3月13日)には仮想プラットフォームを用意できました。開発作業を直ちに開始できたことで、ソフトウェアエコシステムのパートナーは18カ月という痛恨の遅れを回避できました。シリコンの妥当性確認は常に必要ですが、このアプローチによって、開発サイクルは基本的に最長2年短縮されます。

中国でのイノベーション

中国のOEMは上記の手法を驚異的なスピードで採用しており、場合によっては、初期設計から12カ月でテープアウトに至るなど、競争環境は劇的に変化しています。

そして、最も印象的だったのは、スピードだけではなく、その厳格さでした。このチームからは、私がともに仕事をしたどのOEMよりも、安全性、セキュリティ、ミックスドクリティカル環境について厳しい質問をいただきました。彼らは手を抜いているのではありません。仮想開発とクラウドベースの妥当性確認を受け入れるという、抜本的に異なる開発理念で運営しているだけなのです。

これにより、業界全体が開発期間の再考を迫られています。競合他社が品質や安全性を犠牲にすることなく18カ月で提供できるようになった結果、7年という設計サイクルは、もはや許容できるものではありません。

AIデファインド・ビークル:次の最前線

私たちはすでに、大規模言語モデル(LLM)と高度なアルゴリズムによって従来型のアプリケーションを変革する、AIデファインド・ビークルの登場を目の当たりにしています。自動車のユーザーマニュアルのような、シンプルなケースを考えてみましょう。Arm KleidiAIとllama.cppの統合を活用し、3秒未満にドライバーに応答するAWSの車内チャットボット・プロトタイプのように、AIアシスタントは、車両のあらゆる指標や機能に関する質問にリアルタイムで回答できるため、車内のグローブボックスに500ページの説明書を置いておく必要はありません。


Suraj Gajendra, Arm


こうしたAIアプリケーションについては、一部のワークロードをCPUで、それ以外をGPUで、用途特化型のタスクはAIアクセラレーターで実行するなど、ヘテロジニアスな演算プラットフォームでの実行が求められます。こうしたワークロードをどのように最適化・分配するかの決定は、物理ハードウェアの提供を待つことなく、仮想プラットフォームを用いて開発サイクルの早期段階で行えるようになりました。

セキュリティ:後付けではなく組み込む

ソフトウェアデファインド・AIデファインド型システムの最も重要な側面の1つは、セキュリティ要件を当初から理解することです。パネルディスカッションで取り上げた私個人の実例として、私の自動車の駐車料金決済機能は、8カ月が経った今も利用できない状況にあります。これは、自動車のシステムソフトウェアがクレジットカード取引に求められるセキュリティ基準を満たしていないことが理由です。

私のケースは、ハードウェア設計に際し、セキュリティ要件をいち早く把握することの重要性を如実に物語っています。異なるセキュリティレベルを持つミックスドクリティカルなワークロードの場合、ハードウェア・アーキテクチャを最終決定する前に、相互運用性の要件を理解する必要があります。仮想プラットフォームにより、開発者はハードウェア、ミドルウェア、基本ソフトウェアの層を対象に、ワークロードを適切に分割できます。

標準化のバランス

標準化は今後も重要な要素ですが、その適用には思慮深さが求められます。私たちArmは、SOAFEE(Scalable Open Architecture for Embedded Edge)などのイニシアチブを通じ、ブートフロー、デバッグプロセス、セキュリティフレームワークなどの基本的なソフトウェア要素の標準化に取り組みつつ、アプリケーション層での差別化の機会を維持してきました。

こうした標準化によって、ハードウェアの世代を問わないソフトウェアの大規模な再利用が実現します。ソフトウェア・スタックに適切な標準化を実装することで、ある世代から次の世代への移行は著しく効率化し、時間とコストの両方を節約しつつ、競争上の優位性に求められる最適化を実現できます。

スキルの進化

ソフトウェアデファインド・システムへの移行では、全く新しいスキルセットが要求される訳ではありませんが、分野を横断した専門知識の大規模な交流が進んでいます。私たちArmは、車両レベル・ECUレベルのモデリングで15~20年の経験を持つ人材を採用しました。こうした能力は、以前は全く求められなかったものの、今ではArmのエコシステムパートナーをサポートする上で欠かせないものです。

こうしたトレンドは業界全体で見られます。ハードウェアチームは、継続的インテグレーションやデプロイのプラクティスなど、よりソフトウェアライクな開発手法を採用しています。一方、ソフトウェアチームは、アプリケーションを効果的に最適化するため、ハードウェアに対する認識を深めています。

システムレベルの思考

こうした変革について私が最も期待しているのは、本当の意味でのシステムレベルのモデリング機能の登場です。私たちはもはや、個別のコンポーネントを設計するだけはありません。演算IPからSoC、自動車からクラウド・インフラストラクチャに至るまで、エコシステム全体をモデリングしているのです。

このような総合的なアプローチにより、高コストなシリコンのリスピンや、より深刻なフィールド障害などの事態が発生する以前の、設計プロセスの早期段階において、誤ったキャッシュサイズ、誤ったコア数、不適切なクラスター構成といったマクロレベルの問題を特定・解決できます。

ソフトウェアデファインド・システムを実現するインフラストラクチャは、私たちの製品開発アプローチの抜本的なシフトを意味します。そしてこれは、ソフトウェアをアップデート可能にするだけでなく、製品のライフサイクル全体を通じてイノベーションを継続可能なエコシステムを構築することでもあります。

私たちがこの道を歩み続け、将来のAIデファインド・ビークルを採用する中、適切なインフラストラクチャを構築し、仮想開発環境を採用し、エコシステムのコラボレーションを促進するなど、この移行を習得する企業こそが、次世代の車載テクノロジーを定義する存在となります。ここで問うべきは、こうしたシフトが起こるか起こらないかではありません。企業が追従者の立場ではなく、リーダーとなれるよう、いかに迅速に適応できるかが重要なのです。

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