AIデファインド・ビークルとはどのような存在で、自動車の未来をどのように支えるのか
AIデファインド・ビークルとは、自動車の機能性、インテリジェンス、ユーザー・インタラクションのあらゆる側面にAIを統合することで、運転体験を一変させるものです。
著:Arm、オートモーティブ事業部門プロダクト&ソリューション担当バイスプレジデント、スラジ・ガジェンドラ(Suraj Gajendra)
遠い未来のビジョンのように思われるかもしれませんが、私たちはAIデファインド・ビークルへの道を順調に歩んでいます。現在、AIはすでに運転体験や人々の自動車との関わり方を完全に変えつつあります。
次世代の自動車はAI定義型、すなわち、現行のソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)の基盤の上に構築され、自動車の機能性、インテリジェンス、ユーザー・インタラクションのあらゆる側面にAIが統合されるものとなります。これにより、車内体験を一変させる全く新しいAIアプリケーションの開発機会が実現します。
ソフトウェア・アップデートによって、SDVのアプリケーションと機能が継続的に変化するのと同様、さまざまな環境、ユーザー行動、運用データからテクノロジーが学習することで、AIデファインド・ビークルの機能とインテリジェンスは時間とともに進化を続けます。この結果、より迅速なリアルタイムの意思決定、継続的な適応型学習、人と自動車による会話型のインテリジェントなやり取り、高度な自律性、高水準のパーソナライゼーションが実現し、ドライバーと同乗者には、より安全かつ直感的な体験が得られます。
AIデファインド・ビークルのユースケース
先進運転者支援システム(ADAS)と車載インフォテイメント(IVI)の2つは、AIデファインド・ビークルの現在進行中の開発とデプロイによって最大のメリットが期待される重要な車内ユースケースです。
ADASの分野において、AIデファインド・ビークルは以下のメリットを実現します。
- ドライバー行動の高度な監視・予測:カメラ、レーダー、ライダーからのデータをAIモデルがリアルタイムで処理します。これにより、物体に反応するだけでなく、ドライバーの行動、道路状況、近隣の自動車の軌道を予測することで、衝突の可能性を予測します。その後は、自動緊急ブレーキ/ステアリングなどの機能もより高精度で実現します。
- アダプティブ・クルーズ・コントロールの強化:合流車線、建設区域、道路工事、予測不能な運転行動など、複雑な運転状況をAI強化型システムが理解し、ドライバーの行動を事前に調整することで、よりスムーズかつ安全な運転を実現します。
- 衝突予測回避:コンピュータ・ビジョンを使用したAIベースの運転監視システム(DMS)により、ドライバーの警戒心、視線、行動を評価した上で、警告や自動車の減速などのアクションを取ります。
一方のIVIでは、大規模言語モデル(LLM)をAIデファインド・ビークルに組み込むことで、以下のメリットが実現します。
- よりインテリジェントな自然言語の理解:ドライバーと同乗者は、日常的な言語を用いて空調やメディア、カーナビ、自動車の設定を操作でき、ユーザビリティを向上させてドライバーの注意散漫を最小限に抑えられます。
- パーソナライゼーションの向上:シート位置や照明、音楽、カーナビのルートに至るまで、AIアルゴリズムがドライバーと同乗者の好みを長期的に学習することで、パーソナライズされたプロファイルを作成します。このプロファイルは自動的に適応し、複数の自動車間で転送されます。
- キャビン内の感情の監視:AIシステムがドライバーと同乗者の感情の状態や注意レベルを検知します。その後、ヒーリングミュージックなどの適応型コンテンツの提案や、居眠り運転への警告などの安全対応が講じられます。
SDVの役割
AIデファインド・ビークルは、SDVの自然な進化形です。現行の自動車にも採用済みであることの多いAI機能が強化されます。同時に、AIデファインド・ビークルは、業界が何年もかけて構築してきた、クラウドから自動車までの基本のソフトウェア定義型インフラストラクチャと標準化されたソフトウェア・フレームワークを活用します。この結果、AIが車内で効果的かつ安全に、かつ大規模に機能する上で必要な柔軟な基盤が提供されます。
AIデファインド・ビークルを実現
次の時代の車載コンピューティングとインテリジェント機能への移行を実現するには、以下の3つの重要な柱が必要だと私たちは考えます。
- 安全性、セキュリティ、パフォーマンス、効率性に優れた演算プラットフォーム
- 高度なAIソフトウェア・スタック、モデル、ツール
- 業界のオープンなコラボレーション
安全性、セキュリティ、パフォーマンス、効率性に優れた演算プラットフォーム
自動車はもとより、すべてのAIワークロードには、膨大な量のリアルタイムの演算能力が必要です。しかし、AIデファインド・ビークルの演算は基本的に自動車のエッジ部で実行されるため、他のどの市場と比べても、低消費電力かつ効率的な演算が不可欠です。これによって、レイテンシを削減し、応答時間を短縮しつつ、車内のAI機能の拡大に対応した堅牢な安全性とセキュリティのメカニズムを実現できます。
現在進行中のAIモデルの進化に加えて、車内ではさまざまなAIワークロードが発生しており、その演算需要は多岐にわたることから、CPU、GPU、AIアクセラレーターの演算の高速処理など、さまざまなコンポーネントをシームレスかつ効率的に連携させるヘテロジニアスな演算プラットフォームが必要です。こうしたプラットフォームは、演算機能を損なうことなく、エントリーレベルから高級車まで拡張し、「ISO 26262」や「ISO/SAE 21434」などの国際的な機能安全規格(車載システム用のサイバーセキュリティ・フレームワーク)に準拠した高度な安全性/セキュリティ機能を統合する必要があります。
Armが自動車市場向けに幅広く提供している高性能・低消費電力のAutomotive Enhanced(AE)技術は、多様な車内ユースケースのAIワークロードを幅広く網羅しており、機能安全とセキュリティの機能を内蔵しています。
高度なAIソフトウェア・スタック、モデル、ツール
こうした安全性、セキュリティ、パフォーマンス、効率性に優れた演算プラットフォームの一環として、AIのモデルとワークロードを継続的に開発・導入・アップデート可能な、完全なソフトウェアの基盤が必要です。高度なAIソフトウェア・スタックは、生のAIデータ/モデルと、実環境の路上での行動の橋渡しの役割を果たします。AI開発用の従来のモジュール型アーキテクチャは定着しているものの、膨大な代表的データセットで学習を行い、新規のデータで継続的に更新されるエンドツーエンドのAIモデルのような新たな手法も台頭しつつあります。
エンドツーエンドのAIモデルでは、人の運転行動に基づき車内の膨大なデータセットに組み込まれたディープラーニング機能を活用することで、AIデファインド・ビークルは認知から直ちにアクションを起こせます。こうしたモデルは、カメラ、レーダー、ライダー、その他のセンサーデータなどの生の入力を、ステアリング、アクセル、ブレーキなどの重要な運転入力に直接マッピングします。異なる環境や潜在的な危険に基づき、手作業でコーディングされた個別のモジュールを長くつなぎ合わせる必要はありません。これにより、ダイナミックな環境とリアルタイムでインタラクションを行うことで、ナビゲーションを誘導し、障害物を回避する際の意思決定とコントロールを向上できます。
幅広いAIアプリケーションで動作するフルスタックのソフトウェア・ソリューションを実現するため、Armはエコシステムと協力しており、最近発表した自動車市場向けのArm Kleidiは、Arm CPU上で動作する開発者のAIワークロードに自動パフォーマンス最適化機能を提供することで、より優れた車内アプリケーション体験を実現します。さらに、AIのハードウェア、モデル、ソフトウェアを対象に、クラウドから自動車までの堅牢なパリティをエコシステムに提供することが重要です。クラウドからエッジに至るまでArmv9アーキテクチャが浸透する中、私たちの提供するISAパリティは、エコシステムがAIのアプリケーション、モデル、ワークロードをクラウド上でテスト・検証してから自動車にシームレスにデプロイする上で必要なものです。
業界のオープンなコラボレーション
SDVと同様、AIデファインド・ビークルの開発とデプロイは、1社が単独で実現できるものではありません。より迅速なイノベーション、より広範な相互運用性、開発コストの削減、市場投入期間の短縮を実現するには、共通の規格に基づく業界の大規模なコラボレーションを通じ、自動車のサプライチェーンを構成する多種多様な企業が連携する必要があります。
こうしたコラボレーションはすでに行われており、Armは現在、Mapboxなどの大手自動車企業との協力を通じ、車内のAIベース・アプリケーションの開発とデプロイの迅速化に取り組んでいます。コラボレーションのもう1つの好例として、車内チャットボット・プロトタイプの開発でAWS AutomotiveはArm KleidiAIの統合を活用しており、これによって応答時間は10分の1に、開発期間は6週間短縮しています。一方、車載アプリケーション向けのAIアシスタント・ソフトウェアを開発するCerence AIと協力し、KleidiAIとllama.cppを統合させることで、ArmベースのNVIDIA Orinボード上で1Bモデルを実行した場合、1秒あたりトークンは約3倍向上し、応答時間が短縮されました。
さらに、SOAFEEを通じて行われている継続的なコラボレーションによって、AIベースのモダンな自動車開発の迅速化に向けた基本的なサポートが提供されており、開発者にとっては、AIデファインド・ビークルのさまざまなアプリケーションを対象に、複数のプラットフォーム間でソフトウェアを容易に移植できます。
AIデファインド・ビークルを現実へと変える
リアルタイムで対応するインテリジェントかつ適応型の演算システムへと自動車が進化する中、現在の自動車業界はAIデファインド・ビークルへの道を進んでいます。私たちArmは、自社の役割を単なる技術プロバイダーではなく、イノベーションの原動力であると考えており、この新時代の自動車を支え、拡張する基盤となるプラットフォームを構築するため、パートナー各社と緊密に協業しています。これにより、AIデファインド・ビークルの約束する未来が、ついに現実となります。
Armについて
Armは、業界最高の性能と電力効率に優れたコンピューティング・プラットフォームであり、コネクテッドな世界における人口の100%に貢献する比類のないスケールを備えています。Armは、演算に対する飽くなき需要に応えるため、世界をリードするテクノロジー企業に先進的なソリューションを提供し、各社がAIによるかつてない体験や能力を解き放つことができるよう支援しています。世界最大のコンピューティング・エコシステムと2,200万人のソフトウェア開発者とともに、私たちはArm上で築くAIの未来を形作っていきます。
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